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「精神病院はかわったか?」精神医療オンブズマン制度の発足に至る経過とその意義

2019.10.21 UP

■第8章 精神医療オンブズマン制度の発足に至る経過とその意義
里見 和夫

1 オンブズマン制度の発足に至る経緯

 人権センターは、大阪府および精神医療関係者に対し、大和川病院事件の徹底した検証と、二度とこのような事件を生じさせないためにより実効性のある権利擁護システムの確立を求めた。また、大阪府精神保健福祉審議会でも、精神病院内における人権尊重を基本とした医療・処遇のあり方および権利擁護システムの検討が不可欠であることを提起した。そして1999(平成11)年6月から2000(平成12)年4月までの議論を経て、同年5月、同審議会において知事に対する意見具申「精神病院内における人権尊重を基本とした適正な医療と処遇の向上について」が採択された。
 これを受けて、2001(平成13)年5月、大阪府精神障害者権利擁護連絡協議会(以下「連絡協議会」)が設置された。連絡協議会は、「精神障害者の人権尊重を基本とした医療の提供と処遇の向上及び精神障害者の自立と社会復帰への支援に寄与する」ことを目的として、大阪府内において活動する関係諸機関の賛同を得て設置されたもので、構成機関の相互理解のもと連携して活動するものとされている。
 連絡協議会の現在の構成機関は、次のとおりである。

  1. 社団法人 大阪精神病院協会
  2. 財団法人 大阪精神科診療所協会
  3. 社団法人 日本精神科看護技術協会大阪支部
  4. 大阪精神保健福祉士協会
  5. 大阪弁護士会(高齢者・障害者総合支援センター)
  6. 大阪精神障害者連絡会
  7. NPO大阪精神医療人権センター
  8. 社団法人 大阪府精神障害者家族会連合会
  9. 社会福祉法人 大阪府社会福祉協議会(大阪後見支援センター)
  10. 大阪府保健所長会
  11. 大阪府(健康福祉部障害保健福祉室精神保健福祉課及び大阪府こころの健康総合センター)
  12. ※ なお、連絡協議会には、他に学識経験者1名が委員として加わっている。

 連絡協議会は、知事に対する意見具申の内容の具体化・実現への方策を検討するため、同協議会のもとに構成機関の代表者および学識経験者で構成される大阪府精神障害者権利擁護検討委員会(以下「検討委員会」)を設置し、検討委員会は2002(平成14)年3月「精神科病院における入院患者の権利擁護システムの構築について(大阪府精神保健福祉審議会意見具申の具体化)」と題する報告を取りまとめ、精神医療オンブズマン制度の設置を提言した。
 この提言にもとづく大阪のオンブズマン制度は、それまで人権センターが行っていた「ぶらり訪問」を連絡協議会構成機関の相互連携によってより実効性のあるものにすることを目的としており、オンブズマン制度のすべての業務(オンブズマンの養成、病院訪問日程の調整、オンブズマンを統率しての病院訪問の実施、訪問結果の集約、課題等の報告)を人権センターに委託することを前提として組み立てられている。
 この「意見具申の具体化」提言は、2002年9月、大阪府精神保健福祉審議会に報告され、承認された。
 2003(平成15)年2月19日、精神医療オンブズマン運営要綱が連絡協議会で正式に採択され、同制度は2003年4月から正式にスタートした。

 2 オンブズマン制度の仕組みと人権センターの役割

 「オンブズマン(ombudsman)」はスウェーデン語で「権限を与えられた代理人」を意味する言葉である。スウェーデンで1809年に議会オンブズマン制度が設置されたのが最初だといわれている。日本でも「オンブズマン」という名称の制度があるが、行政型福祉オンブズマンのうち2、3の例外を除き大部分のオンブズマンは、調査権、勧告権、苦情処理権限を持っていない。
 大阪のオンブズマン制度も同様であり、その仕組みは次のとおりである。

  1. 連絡協議会がオンブズマン制度を設置する(要綱第2条)。
    この制度は、法律や条例にもとづいて設置されたものではない。前述したとおり、連絡協議会は11機関および学識経験者1名で構成される協議体にすぎないから、同制度は構成機関の相互協力によってはじめて実効性が確保される。そのため、「連絡協議会が、オンブズマン活動を保障する」(要綱第3条)という規定が設けられている。
  2. オンブズマンの確保・養成(研修等)・病院訪問活動等の精神医療オンブズマン事業は、人権センターが大阪府から委託を受けて実施する。
  3. オンブズマン制度の目的は、「医療機関に入院中の精神障害者の権利擁護を支援する」ことである(要綱第1条)。
  4. オンブズマンの役割は、病院の施設をはじめとする療養環境の視察、入院患者の苦情や要望等の聞取り、病院に対する患者の意向の伝達、療養環境の改善等に関する申し入れ、行政に対する改善要望等を行うところにある(要綱第4条)
  5. オンブズマン事業の委託を受けた人権センターは、次の業務を行う。
      1. 精神医療オンブズマンの養成研修等を行い、その中から適任と考える人を連絡協議会に推薦する。連絡協議会で選任されたオンブズマンには、同協議会発行のオンブズマン証が交付される。
      2. オンブズマンを統率して医療機関を訪問し、療養環境を視察するとともに、精神障害者の苦情や要望等の聞取りを行う。
      3. 医療機関へ入院患者の意向を伝えたり、療養環境の改善などについて意見を述べる。
      4. 行政に対し、改善要請等を行う。
      5. オンブズマン活動で得られた情報や課題等について報告書を作成し、連絡協議会に提出する。

3 オンブズマン活動の意義

 オンブズマン活動の重要な点の一つは、ユーザー・市民の視点から病院の視察や患者等からの聞き取りを行った後、病院側との意見交換の機会を設けていることである。
 その場で、オンブズマンは、当日の訪問活動の中で感じたことを率直に病院側に伝え、検討要請や提言等を行っている。
 ベッドまわりのカーテンがないので、付けるようにして欲しい、トイレの扉を改善して欲しいなどのプライバシー尊重の観点からの要望、下膳や廊下の掃除など本来病院が正規に職員を配置して行うべき作業を入院患者にやらせていることに対する改善要望、病棟のアメニティの改善についての提言から開放病棟を設置すべきであるという長期計画に関係する提言まで種々あるが、これらの提言等に対し、医療監視や実地指導で指摘を受けたことはないといわば開き直る病院は比較的少く、多くの病院は、すぐに対応できそうな事項については、検討・改善を約束し、短期間のうちに改善した旨の回答をくれており、長期計画に関係する部分については、オンブズマンの意見も参考にする、あるいは考慮するという姿勢を示している。
 人権センターは、このようなオンブズマンと病院とのやり取りを含む「病院訪問活動報告書」を作成して連絡協議会事務局に提出し、連絡協議会事務局は、これを当該病院に送付して意見・弁明等を求め、連絡協議会は、報告書とそれに対する当該病院からの意見等をもとに検討し、その検討結果をあらためて当該病院に送付して、問題点の改善等を求めるという作業を行っている。
 このような、双方向のやり取りにより、精神病院の風通しが次第によくなり、療養環境の改善が徐々にではあれ進んでいる病院が多くなってきていると感じている。
 ユーザーや家族・市民が必要としているのは、まさに自分が患者として入院した場合どう感じるかという視点からの活動であり、それによって得られた情報である。
 人権センターは、ユーザー・市民の視点によるオンブズマン活動において、個々の病院の療養環境を病院側との対話を通じてよりよいものにしていくとともに、その中から見えてくる、個別病院の努力ではいかんともしがたい、悪名高い医療法の精神科特例をはじめとする日本の精神医療の問題についても提起していかなければならないと考えている。

4 オンブズマン制度の今後の課題

 オンブズマン制度が発足してから3年間、人権センターは、オンブズマンを統括して病院訪問を実施し、普通の市民の目線で病棟を視察するとともに、患者の苦情や要望を聞き取り、「自分が入院患者だったら嫌だな、すぐにでも改善して欲しい」と感じた点については、すぐにその場で病院側に伝え、視察や聞き取りによって得られた情報のまとめと要検討事項を記載した報告書を2ヶ月に1度の割合で開催される連絡協議会に提出して検討するという作業を積み重ねてきた。
その中で見えてきた今後の課題は、次のとおりである。

  1. 冒頭でも述べたが、オンブズマンは、市民の目線で精神病院の日常ありのままの姿を視察し、患者の苦情や要望を聞き取り、それらを通じて、精神病院における治療や処遇の一層の改善をはかろうとするものであるから、オンブズマンの訪問に対して病院側が身構えてしまうと本来の目的を達成することができなくなってしまう。
    オンブズマン制度の趣旨・目的の再確認が必要である。
  2. 報告書で指摘した要検討事項に関する連絡協議会における検討結果をどのようにして病院側に返していくか、また、行政側がどのように有効に活用するかなどの手順・方法を確立していかなければならない。
  3. 大阪府下60数病院を可能な限りしばしば訪問するためには、現在のオンブズマン数では絶対的に不足しているので、オンブズマンの増員とその中でまとめ役(班長)となれるメンバーの養成が不可欠である。
    また、この制度の定着・充実をはかるためには、オンブズマン活動に対する財政的支援の一層の強化が必要である。
  4. すでに述べたように、現在の大阪のオンブズマン制度は、法律や条例にもとづいて設置されたものではないため、オンブズマンおよび同事業の委託を受けた人権センターに具体的に何らかの権限(調査権、勧告権など)が与えられているわけではない。

 1986年にアメリカの連邦法として制定された「Protection and Advocacy for Individuals with Mental Illness Act」(「精神病を持つ個人のための保護と権利擁護法」、略称「PAIMI」)は、各州に対し、精神障害者権利擁護機関の設置を義務付けている。
 この精神障害者の権利擁護を行う主体は州であり、各州は州法を制定し、実務を州の機関や非営利団体に委託する。
 州が権利擁護活動の実務を非営利団体に委託するという点だけを見ると、大阪のオンブズマン制度と似ているように思われるが、アメリカの場合は、法律上の機関であり、この機関は、精神病院および精神保健関係施設に立ち入る権限、基本的にはカルテ等の患者の記録を閲覧する権限、患者に対する虐待や放置に関する調査およびそれに基づく必要な対応を行う権限等を有している点で、大阪のオンブズマン制度とは大きく異なっている。
 現在の大阪のオンブズマン制度でも、この1年間の実践は、精神病院の風通しをよくし、安心してかかれる精神医療に近づけるうえで、有意義な役割を果たしていることが認められるが、将来的には、アメリカの制度などを参考にしながら、オンブズマン制度を法律上の患者の権利擁護者制度にする方向が目ざされるべきである。

■大阪精神医療人権センター設立20周年記念誌「精神病院は変わったか?」
Ⅰ 人権センター20年の取り組みから
第1章 20年の活動経過と今後の課題  里見和夫
第2章 設立から10年間の活動経過 渡辺哲雄
第3章 大和川病院事件の経過 渡辺哲雄
第4章 ドキュメント 大和川病院事件への取り組み 山本深雪
第5章 大和川病院事件の訴訟についてのまとめ 大槻和夫
第6章 人権センターの活動と精神保健福祉法の改正 位田浩
第7章 ぶらり訪問からオンブズマン活動へ 山本深雪・上坂紗絵子
第8章 精神医療オンブズマン制度 里見和夫
第9章 権利擁護に関する人権センターの役割と課題 竹端寛
Ⅱ 20周年のメッセージ

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