お知らせ

2020年12月20日 権利擁護システム研究会 報告

2022.02.26 UP

研究会の目的

くるみざわさんは、1995年に神戸で精神科医となり、2003年から劇作を学び、11年以降、精神医療をテーマにした作品を書き始めたそうです。演劇の画像を見ながら作品を紹介してくださいました。自己紹介に続いて、今回の研究会の目的について、以下のように説明されました。精神医療の土台にあるのは、病む人への尊敬、生きることの苦しみに耐えている人への尊敬である。人間らしさに満ちた文化を産み、育むことが、人権の核である。本来、精神医療はもっと豊かな文化にあふれていてよいはずなのに、制圧するのが仕事みたいな場になってしまっている。強制・管理・抑圧を変え、精神医療を変える実践として文化を使うために、この研究会ではみなさんに「道具(武器)」を渡したい、と。

5つの道具(武器)

くるみざわさんから渡された5つの道具の1つ目は、「異質なものを置いてみる」というものです。水が溜まっている池に石を投げ込んで、その波紋の広がり方によって、池の状態を知るという方法です。異質な言葉を診察室で言ってみることで、精神医療の現状や本質が見えてくるのではないか、と話されました。2つ目は、「小さな言葉で大きな荷物を」というもので、小さい言葉で大きなものを射抜くことができると話されました。3つ目は、「別の方向から眺める」。これは、相手の正体を知るための道具であり、相手の欠点だけでなく、相手がそうせざるを得ない理由を理解し、自分にもこういうところがあるかもしれないと気づき、それを吟味したうえで、自分の中のそれと決別するところまでいくことを意味します。4つ目は、「よそから栄養を吸収する」。精神医療の問題に文化的にアプローチするときに、精神医療の分野のものばかりでは栄養不足となるため、他の分野の作品や活動から学ぶことが大切とのことです。5つ目は、「補助線を引く」。「もし…」という虚構を持ち込むことで、予想しなかったものが見えてくる可能性が出てくるという話でした。

神医療の現状と今に至る経緯

講座の後半は、精神医療の現状と今に至る経緯に対するくるみざわさんの見方が示されました。治療文化とは自分を養うところから生まれるが、精神医療におけるそれらは劣化の一途を辿っている。その大きなきっかけは3つあると述べられました。
1つ目は、「DSM」です。DSMの導入により、以前に存在していた面接技術がほぼなくなってしまい、医者が患者に見立てを説明し、判断の根拠を伝えることも行われなくなってしまったそうです。2つ目は、入院期間の3ヵ月制限など、病状ではなく医療費によって治療が決定される事態になったことです。それにより、医者の責任感も抜け落ちてしまったと言います。3つ目は、新薬の影響です。新薬が登場したことにより、処方が大雑把になり、医者による患者の観察が劣化したとのことです。治療文化が継承されなくなり、製薬会社が勉強会を主催するようになったと言います。

「文化」とは

精神医療の現状を指し示すため、くるみざわさんは「原子力文化」という言葉について言及されました。それは、電気会社が原発を売り込むために作ったものであり、本当の文化とは言えないものです。精神医療がやっていることは、こういうことに近いのではないかと話され、ダメになった精神医療を自分たちの手で回復し、本来の治療文化を取り戻すための道具が講座で紹介した5つの道具だと述べられました。
今回の研究会は、冒頭で目的や方法・立場がしっかりと説明され、時間の配分や管理も適切で、安心して参加できました。道具についてのくるみざわさんのお話などを聞いていると、ワクワクしてきて、発想することの面白さを感じることもできました。このような感覚は、文化を産み出すことにつながっているのではないかと思います。グループワークの時間も2回あり、他の人の考えを聴くことができたこともよかったです。
精神医療を変革するには、その治療文化を産み出し、育んでいくことが重要であり、その文化の担い手は医療職者だけでなく、患者や家族はもちろん、私たち1人ひとりであるのだと思いました。そして、批判する対象を深く理解するということは自己を理解することでもあり、制度や構造の変革は自分自身の変革・変化から始まるという重要なメッセージを受け取りました。

澤田 千恵(県立広島大学)

この記事の掲載誌 人権センターニュース156│2021年2月号大阪精神医療人権センターは、「社会をかえる」という価値観に従い、政策提言活動や精神疾患、精神障害に対する差別、偏見をなくすための発信を行い、安心してかかれる精神医療の実現を目指しています。
2017年からは権利擁護システム研究会を立ち上げ、日本の精神医療のあり方(医療保護入院、身体拘束、長期入院等)を批判的に検証し、変わっていくための方策を検討してきました。この研究会では、それぞれの立場を超えて議論し、研究会の開催のみならず、研究会の議論や意見の発信を目指しています。>>>詳細 オンラインショップ 

配布資料

大阪精神医療人権センター・権利擁護システム研究会
「精神科病院における治療文化を変えていくために」 胡桃澤伸(くるみざわしん)
キーワード:強制・管理・抑圧を変えていく、精神医療を変えるための実践、治療文化

前半 20 分 劇作の手口

◆自己紹介

1995 年春から神戸で精神科医として勤務。尼崎、東大阪、堺などで勤務。
2003 年から劇作を学び、劇作家として作品を発表。「精神病院つばき荘」「私 精神科医編」「あなた 精神科医編」「ひなの砦」「遊んで、お父さん」「おはなし、お父さん」など。

◆この講座の目的「道具(武器)を手渡すこと」

強制・管理・抑圧を変え、精神医療を変える実践として文化を使いたい。

◆基本の考え

精神医療の土台にあるのは「病む人へ尊敬、生きることの苦しみに耐えている人への尊敬」。
「尊敬」の反対は「軽蔑・差別」。この「軽蔑・差別」をはね返すのが「人権」。精神医療が精神医療であるためには「人権」は欠かせない。なのに―
文化とは人間の営みから生まれるもの。人間らしさに満ちている。文化を産み、はぐくむことは人権の核。そこの文化が生まれているか、育まれているかで人権があるかないかがわかる。

◆道具①異質なものを置いてみる【手ごわい相手には硬いボールをぶつける】

例:「to be or not to be,that is question」を診察室に置いてみる。
1600 年ごろに活躍した、イギリスの劇作家シェイクスピアの作品「ハムレット」のセリフ。
おそらく世界で最も有名なセリフ。
日本語訳は「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
ここでは「いるのか、いないのか、それが問題だ」
この言葉を診察室に置いてみる。そして、考えてみる
もし患者が「(ここに自分が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
「(ここに医師が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
もし医師が「(ここに自分が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
「(ここに患者が)いるのか、いないのか、それが問題だ」と言ったら。
などなど。
精神医療の現状、本質が見えてくるのではないか?

◆道具②小さな言葉で大きな荷物を【蟻の一穴が壁を崩す】

例:「この病院は注射の上手な看護師さんからやめてゆきますね」
「精神病院つばき荘」の一番最初のセリフ。私が診察室で患者さんから聞いた言葉。
こころに残り、繰り返し思い出して、味わった。その結果、作品が生まれた。
短い言葉が精神医療の現状を言い当てている。
例:「精神科医に拳銃を持たせてほしい」精神病院協会の巻頭言に載った言葉

◆道具③別の方向から眺める【裏側から入り口を探す】

例:医者と患者が入れ替わる(「精神病院つばき荘」など)
例:精神病院協会のホームページを読む。新自由主義(金儲け第一主義)の本を読む。

◆道具④よそから栄養を吸収する【連帯】

例:先住民・原住民文化継承の動き。被差別部落、在日外国人の文学、思想。香港・台湾・
韓国の民主化運動の技術。グローバリズム・新自由主義・植民地主義への対抗文化の実践・
研究。
後半 20 分 精神医療の現状と今に至る経緯

◆医療者側の文化

劣化の一途。その大きなきっかけは 3 つ。もはや取り返しがつかない。
①DMS(アメリカ発の診断基準の導入):診断・治療が統計の材料になった。面接技術の衰
退・喪失(メモを取らない。患者の顔を見る。見立てを伝える。判断の根拠を説明する。守
秘義務を伝える等々が消えてなくなった)
②入院期間の 3 カ月制限:医療費が治療を決める。患者の治癒まで関わらない医療の出現
(無責任でかまわなくなった)
③新薬:処方が大雑把になった。観察が劣化。製薬会社が薬の効果を前もって宣伝し、それ
が教育となった。勉強会は製薬会社がやるものになった。

◆当事者(患者)側の文化

民間伝承。病院のなかで患者から患者に伝わる治療文化。作法伝授。
ピア、当事者研究など。

◆医療者側の文化を理解するための仮説:「原子力文化」との比較

電力会社が原発を売り込むために作った「文化」
例:「日本の原発は安全です」「原子力 明るい未来のエネルギー」「プルトニウムのプルト
君」「食べて応援」
精神病院協会や精神病院がホームページに掲げている文言をこの視点でかみ砕いてみる。
笑える。
裁判での精神病院側の弁論、裁判所の判決文の滑稽さが見えてくる。

◆私が吸収している医療者側の精神科治療文化

中井久夫さん、神田橋譲治さん、成田義弘さん、土居健郎さん。サリバン、バリント、ウィ
ニコット、ベネディッティ。夏目漱石。ゴッホ。
例:中井さんの言葉と覚えて、診察室で使う。「今は治療という大仕事をしています。怠け
ているわけではないです」
*夏目漱石
自分自身が抱えている精神の病を見つめ、作品にした。漱石の小説を読むと自分のことが書
かれているような気がする。読むと安らぐ。疲れていても読めるし、読むと疲れが取れる。
ゴッホも。

◆道具⑤先輩から学ぶ【勝手に味方にしてしまう】

優れたものは世の中にたくさんある。
発信の試み:ラグーナ出版(鹿児島。『書くことで精神医療を変える』)、統合失調症のひろ
ば(日本評論社)

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