お知らせ

第20回糸賀一雄記念賞を受賞しました。

2018.11.04 UP

故糸賀一雄氏の思想や取り組みを新しい目で見直し、障害者やその家族が安心して生活できる福祉社会の実現に寄与することを目的として活動する団体に公益財団法人糸賀一雄記念財団より「第20回糸賀一雄記念賞」として、当センターの受賞が決定いたしました。平成30年11月1日(木)に大津市びわ湖ホールにて授賞式が行われ、当センター副代表が登壇し記念スピーチを行いました。

故糸賀一雄氏は、戦後間もない荒廃した社会状況の中で、戦災孤児と知的障害のあるこどものための福祉施設近江学園を創設し、「知的障害者の父」と呼ばれ全国に優秀なリーダーを送り出し、知的障害者福祉法の制定の原動力として活躍するなど、大きな足跡を残します。どんなに重い障害のあるこどもにも発達を保障する必要があるという発達保障論を展開し、「この子らを世を光に」という強いメッセージを後世に残しました。糸賀一雄没後50年にあたる本年に、皆様のお力添えで「第20回糸賀一雄記念賞」を受賞できたことに心より感謝申し上げます。

■大熊由紀子さん(選考委員)

「大阪は、恐ろしい精神病院がいくつもある土地として知られてきました。『鬼の安田か蛇の水間、情け知らずの栗岡か』と言われたほどで、患者さんを殴り殺すとか、そういう事件がたくさん起きていた大阪です。 そこから立ち上がったこの人権センターが日本の精神医療政策をひっぱっていくような素晴らしい活動をされてまいりました。 「ぶらり訪問」といって、突然訪問する、でも、決して糾弾するのではなくて、精神病院の方とじっくり話して、どういう風によくしていくかを共に考えるという活動を、もう33年もなさってきました。こういう実績が国の制度にも反映されていくという、たいへん素晴らしいご活動をされています。」

■記念スピーチより

私達の国は、とても精神科病床の多い国です。他の国は、医療ではなく地域生活支援にシフトしていきました。ただ、我が国は残念ながら医療の場において、福祉も保護もすべて賄うスタイルで今現在まできています。このことが様々な問題を引き起こしてきています。
強制入院がとても多いこと、入院期間がとても長くなってしまっているために、病院に入ったらどのくらいで退院できるのかという平均値が、ヨーロッパ諸国では20日以内ですが、日本の場合は現在も200日を超える事態に残念ながらなっています。ここ10年間では体を縛ることが2倍近く増えてしまいました。
患者とスタッフとの圧倒的な力関係の中で、様々な問題事件が続いています。私たちはこの事態をなんとかしよう、このままではいけないと、1985年の11月に発足しました。
97年の9月からは、約60の病院に滞在させていただいて、その場で感じたことを病院にお伝えしたり、お尋ねしたりするとりくみを続けてきています。
人権センターの担い手は、代表の弁護士、事務局長の精神保健福祉士、精神医療のユーザーが1/3くらい参加しています。医療のスタッフの方々、作業療法士、ソーシャルワーカー、看護師なども参加しています。療養環境サポーターとしておよそ35名が登録しています。

入院中の方の訴えを聴くことを大事にし、そのことを病院に伝えることを続けています。私たちの見たこと、聞いたこと、そして、病院との間で改善点などを、「精神科病院はどこにかかったらいいか」「安心してかかれる医療を求めるにはどうしたらいいのか」を伝えられるような冊子を「扉よひらけ」として発行しています。

障害のあるなしにかかわらず、人として安心できる社会に一歩でも前進させていくことに貢献できるようにと思っています。

入院中の方の電話、手紙、面会活動で声を聞き、扉をひらく活動で、病院に訪問し半日くらい滞在して、病院のスタッフの方々とお話をして、それを冊子にまとめます。

電話相談で最も多い声のは、「退院したい」「退院させたい」という家族の声、「面会にきてほしい」という声、「薬の内容がとても不安なのですが、何を飲んでいるか知りたいのですが…」「小遣いが自分でもてない。どのように管理されているか知りたいのですが、どうすれば…」そのようなお声が連絡として入ってきます。

私たちのできることは、面会に伺うこと、手紙の返事を書くことなどなどです。
このような取り組みの中で93年に起こった第三次大和川病院事件が新聞記事になり、私達は「膿が出たな」と思いました。その後は週1回の面会活動で病院を伺うことにしました。

なぜ、このような事件に至ったのかと言えば、病院スタッフの勤務体制や、投薬の指示のだされ方の問題ですとか、大阪府の実地指導など法律に基づいたとりくみへの関わり方はどうだったのか、医療機関を信じるしかないんだという声も聞こえました。私達は協力をして内部告発と府のデータの乖離を示しました。生活人権部会を立ち上げ、現在の地域定着支援事業を全国的に提案しました。
もうひとつの医療人権部会は、入院中の権利侵害を議論し、守るべき精神障害者の権利を明らかにし、療養環境サポータ制度を立ち上げました。メンバーで医療機関を伺い、患者さんから聞いたこと、私たちが見たこと、アレっと思ったこと、これはいいなと思ったこと、それらを報告書にまとめ、協議会に提出します。医療機関からも意見を協議会に提出してもらいます。

2000年の審議会では、10項目の精神障害者の権利に関する宣言を確認しました。これらが病棟において患者さんにどう映っているだろうということを伺っていきます。患者さんの声で伺っていくとおおよそのことが見えて来ます。私たちは、法的な権限はなにももっていませんので、医療機関とは対話という形で取り組みます。一例として、行列に並び口をあけて薬を飲んだことを確認されて部屋にもどるのではなく、自分で飲むこと。病室まで薬をもってきてもらうこと、デイルームで座って配薬を待つように改善していくことが標準になってきています。

下剤の関係で、トイレが混みあい行列になるので、ポータブルトイレを使うこと、その処理を患者さんが担っていたこと、蓋をしていなくて廊下に匂いが広がっていることにこころ配りがほしいことなどをお願いしてまいりました。
詰所が患者にとって声がかけやすくなっているかどうかも大きなことです。病院側の答えは、施錠が原則ですが、信頼関係をよりよくし、開放感のある療養環境の中で治療を進めていく観点から今後の改善が必要であるというお返事をいただきました。

2メートルくらいのところに公衆電話が設置されていたことがあります。これでは届きませんので、車椅子の方でも使える位置に置いていただきたい。他の方のテレビの音や階段の音が入らないような静かな環境で、公衆電話を使える環境にしていただきたいと伝えました。電話を使う場の目の前に権利擁護機関関連の連絡先を掲示してもらうことなど少しずつですが、変わってきています。

このように私達としては、入院中の立場では医療機関に要望が伝えられないので、もっとやりやすい仕組みとして精神科の権利擁護者の仕組みを作って行く必要があるのではないのかということで、2018年の3月に厚生労働省に提案しました。
このような取り組みの中でもっと私たちの活動が広がっていけばいいなと思います。

■訪問活動の歴史的背景及び変遷
■概要と沿革
■大阪府内の精神科病院の情報

2018年の3月に厚生労働省に提案しました精神科の権利擁護者の仕組みについては、活動報告書にて詳しくレポートしています。
90年代の人権センターニュースの一部や、記念スピーチでは伝えきれなかった報告を掲載しています。
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